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反逆の騎士【短編】

鉄のメイド騎士団TQ22/晩鐘−Cloche du soir−

 

TQ配達品=

TQ配達先=

2nd Quest=ミネルヴァの捜索

 

晩鐘−Cloche du soir−(中編の2)

 
翌朝から、ミネルヴァはアレクのための申請図案作成に取り掛かる。
クランプ家の"鐘楼"をベースに、"手鍬"と"篩い篭"といった、
対になる農具を配してみた。とりあえず描いておいて、使うか否かは後から考える。
昼になり配給パンをもらいに外へ出ると、建屋向こうで数人の諍いが聞こえてきた。
1人は女性のそれで、明らかにタチヤナだと分かる。
 
「お願いよ!アレクと話をさせて。まさか、このまま離れ離れだなんて嫌よ!」
 
口論が激しく、割って入る必要もあろうかと駆け寄ってみれば、
ちょうど軟禁宿舎から遠ざけようと、番役から突かれたタチヤナが、
為すすべもなく倒れ込んだ矢先だった。彼女が手にしていた、
おそらく差し入れのサンドウィッチが入っているだろうバスケットも投げ出される。
地面は昨夜の雨でぬかるんでおり、いずれも泥に浸かっている。
番役の男たちは、やり過ぎたと思い助け起こそうかと素振りを見せるが、
厳重に言い含められているのだろう、宿舎前から一歩も離れようとしない。
それを見たミネルヴァが、代わってタチヤナのもとまで近づいていく。
 
「うん、お昼は今日も、このサンドウィッチでいいや」
  
少し泥の跳ねたバスケットを拾いあげ、乱れた手巾を掛け直して、
最後にポンと軽く叩いてタチヤナに手を差し伸べかける。
だが、彼女がそうするより早く、横から駆けてきた女性が、
ぬかるみで膝を汚すのも厭わず、タチヤナを抱きしめていた。
 
「タチヤナ!ああ、タチヤナ!」
  
昨夜、火の暖を共にした渡り農夫の娘アニカだった。
ミネルヴァの差し出した右手が、所在なさげ。
そのまま二人を助け起こせばよかったのだが、
タチヤナかバスケットかの選択肢を間違ったような気分を拭い切れず、
アニカが彼女を立ち上がらせて、人目のつかない場所へ連れていくのを、
ただ見ているだけしか、やりようが無かった。
 
(そういえば、タチヤナはアニカと長い付き合いなんだろうな)
 
慰めは言い損なったが、何となく追いかける形で隠れ見ていると、
宿舎外れの灌漑水路に架けられた石橋の欄干に腰を下ろして、おしゃべりしている。
会話の内容までは分からない。
 
(ともかく、これで落ち着いてくれればいいけど)
 
そんな思いに駆られながら視線を切った直後に、バチンと鳴り渡る、
いつか聞いた記憶の肉の音に身を強張らせた。ふたたび彼女たちを窺うと、
アニカを罵ったタチヤナが、走り去っていくところだった。
 
(もう、何がなんだか)
 
ミネルヴァは思案した挙句、現場で残っているほうに事情を聞くしかないと、
アニカの佇む石橋に歩いていく。手には泥跳ねのバスケットを抱えたままである。
彼女はミネルヴァが眼中にない様子で、目は虚ろに泳いでいる。
掴みの会話に苦慮した彼女は、当たり障りないところからチャージしてみる。
 
「アニカでも説得できないとなれば、厄介だよねぇ」
 
「ぬ゛の゛っ!」
  
どうにかバスケットを引き取ってもらいたい心境のミネルヴァは、愛想笑いで、
へらへらしていたのが災いしてか、アニカは唇の端をきゅっと噛んだと思うと、
思いっきりミネルヴァの頬をぶん殴り、走り去って行った。
タチヤナからアニカへ、アニカからミネルヴァへ。
後には、どうしてよいか分からず、腰砕けでへにょるミネルヴァが取り残された。
 
 
そして午後夕の配給食を報せるため、ミネルヴァの宿舎を訪れたアニカは、
会話を交わす間もなく土下座状態で、額も土間に押し付けていた。
 
「昼間は思慮を欠き、何の瑕疵もない貴女に暴力を振るってしまいました。
 しかも、ミネルヴァさんは農夫でなく、
 アレクの一大事に関わる用向きで滞在されていると聞きました。
 農場に迷惑をかける訳に参りません。どうか、御容赦のほどを」
  
慌てたのはミネルヴァのほう。普段から謙られるのに慣れていないせいか、
同じように膝を折って突き合わせている。
 
「だっ、大丈夫ですからっ!こう見えてもDV耐性あるんで。
 でも、ワケわかんないまま話が進んでそうなところとか、
 精神的にキツイなーと思ってただけでっ」
 
無理矢理にでも立たせて、宿舎内に積んであった藁束にアニカを座らせると、
昼間の連鎖ビンタの理由を聞くでもなく、まずは白湯を提供しようと、
ブリキの鍋を一から火にかけていた。
パチパチという緩慢な響きが、やがてコポコポ沸きたつ忙しない音に変わる。
  
「ただの、お湯だけど」
  
鍋から注いだ木製カップをアニカに手渡したとき、少し長めに、
彼女の手に自分の手を添えたまま、黙りこくっていた。
最初、冷たく感じた体温が、すでに温もりを宿している。
  
「どうして?」
  
ようやく、ミネルヴァは別の意図で理由を尋ねてみる。
膝に置かれていた、もう片方の手のひらを広げてみると、ごつごつした、
農夫の娘に遜色ない経年を読み取れるようだった。
軟禁宿舎で突きつけられたアレクの手のひらも同じ。タチヤナも同じだった。
  
「両親を亡くしてから、私は住み込みの使用人だった御夫婦に身を寄せました。
 アレクが農場へ里子に出されたように、農夫の娘として。
 彼と違って、(許嫁の)約束のことは聞かされていましたから、
 1年のうち、何週間かを近くで過ごすのに、幸せを感じていたのは本当です。
  
 タチヤナとも、初めて農場を手伝いにきたときから、お友達になりました。
 同世代の女の子って、他にいませんでしたから。
 巡回教師の学校で習うようになると、べつの区画の子供たちとも仲良くなり、
 かえってアレクやタチヤナとの仲間意識が強くなっちゃったかな?
  
 いつからか、タチヤナがアレクと恋人同士になって、
 私は成り行きで二人を見守る立場になって、
 いつか打ち明けなければならない日の訪れを、怯えて待つようになりました」
 
本名をファウスタ.ラフォスラヴァ.ユルチェク。
彼女の代わりに、現在、育ての夫婦の間に生まれた女の子が邸にあるという。
万が一の危険から身を守るため、外に出るのも叶わず、深窓に籠るままに。
だが、それも縁談の持ち上がる年齢に達したことで、
これ以上の外界との繋がりを避けるわけにもいかない状況になった。
 
「すべては、皇帝(立憲君主)選出のための一票を守るために」
 
ミネルヴァの言葉に、ファウスタは黙したままである。
元より、非難を意図して発したものではなかった。
領土を構成するすべての民が選挙権を有するのは、傍目では尊いかも知れない。
だが貧富と教育の格差が是正されないまま政治への参加を平等に開放するのは、
危険極まりなかった。事実、選帝権を持つ貴族を承認する利権は、
ある一定の構造体によって掌握された状況であり、
専制国家から一足飛びに普通選挙制へ移行するとなれば、
独裁構造からトップを取り除いただけで、利権構造は継承されてしまう意味で、
自由市場と民主主義国家の形成はひとたまりもなかっただろう。
 
「もし可能だったなら、アレクとタチヤナと三人で暮らしたい。
 できるなら.. できるなら!」
  
両手で顔を覆い、初めて感情を剥きだしにしたファウスタの叫びだった。
許されない願いだと分かりきった事だった。
表面で割り切ったつもりに生活を取り戻したとしても、
片隅に制御し切れない感情が燻る限り、相手はつけ入ってくるだろう。
恨み憎しみを増幅させて、ひと振りのナイフを握らせる。
それが毒薬と暗殺剣に血塗られた、貴族院に与しない者の系統譜なのだから。
  
「いつか、この尊き権利が領民の手に委ねられますよう。
 そして、いつかクランプ家とユルチェク家の方々に平安が訪れますよう」
  
ミネルヴァは心からの祝福をファウスタに贈る。
そして片手は、アレクのための鐘楼Cloche du soirが収められた背嚢に手を置く。
彼女もまた、悪しき貴族の手に斃れてはならない身のうえにある。
 
(家章は、一刻の猶予もなく貴族院に申請されるべきだ。意匠は完成している。
 ただ、これのみではダメなんだ。貴族院から放たれるだろう追っ手、
 どれだけ、この地に留まれるだろうか)
  
 アレクと、ファウスタと、残りほんの少しだけ、
 私にも神の御加護を───!
  
  • 2020.09.19 Saturday
  • 00:00

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