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読書感想文SP

60「源氏物語雲隠六帖【法師】」

 

★超速あらすじ★
法師ver1.0:薫×巣守皇后=三宮夭折からのー巣守皇后後追い+薫夫妻蒸発
法師ver1.1(皇統万世一系ガー):
      匂帝×巣守皇后=三宮+薫×小宰相君=小姫イチャラブ
      三宮夭逝からのー小姫後追い+薫夫妻蒸発
アプデしてもしなくても、三宮は逝くの。
  

 :匂帝と薫内大臣にも子供がコロコロ生まれているので、

  ちょいと整理してみましょうか。

 

匂帝に巣守皇后腹で男宮×3人。六君方面で記載ないのは気になる。

薫内大臣の長男は、まさかの蜻蛉姫腹。

例の匂宮が浮舟を拉致監禁レイ〇゜した倍返しに、孕ませちゃったアレです。

次男に女二宮腹で1人。浮舟は出家やら還俗やら手間取りつつも、
三男と長女をもうけています。そこからさらに有料メルマガ情報ですが、
匂帝×巣守皇后腹3宮のうち、3番目の中務卿宮が薫内大臣のタネという噂。
【桜人】帖の三者面談後ってのは手打ちしたあとの狼藉になるから、
着床したのは、もっと以前だろうな。あー、あったあった。
【巣守】帖で匂帝即位して、中君が皇后になったとき、薫が夜這いしてたわ。
何故か昔から、薫×中君だと夜中に密会しても潔白なイメージあったけど、
イタすなら、あのタイミングが濃厚。
でも、ひとつ問題がある。今上帝の嫁さんNTRするのって、
光源氏×藤壺中宮からのカルマだと思うのですが、
NTR託卵した冷泉帝は皇籍を離れた光源氏のタネなので、
小説といえど皇統万世一系のルールは弁えてるんだよね。
ところが戸籍上は光源氏の息子ながら、義理の甥である柏木が父親の、
薫がNTRちゃったら、これは紫式部の源氏物語では有り得ない。
そんな読者の声を聞いたか聞かいでか、判定に迷う事件が追記される。
薫タネの三宮を病気で殺しやがった。
雲隠六帖が失われた紫式部本か、後世の創作または一部補完なのか、
意見が割れる部分なのは間違いない。
個人的には贋作に傾いていた気持ちがグッと真作方向にブレてきた。
が、やりかたが紫式部かなー?と思うところはある。
だからこそ、紫式部本人が物原した、失われた源氏物語なのかも知れないが。
面白いのは、薫を最終的に太上大臣まで出世させちゃうことかな。
【澪標】帖における宿曜の占いで、光源氏の子供3人それぞれ、帝(冷泉帝)、
皇后(明石中宮)、太上大臣(夕霧?)になると告げられるやつ。
訳し方で「子供は3人」か「3人の子供」なのかで意味も違ってくるが、
薫中将が右大将昇進したのは、夕霧が左大将を辞したスライドだったので、
薫が太上大臣になれば、DNA鑑定は父=柏木じゃなくて、
やっぱ光源氏だったという示唆にもなるところだが。
まあ、そんな写本は見たコトないな(笑)。
面白いのは三宮が薫系統でなく、やっぱり匂帝系統だったとする筋書きである。
薫が生ませた子供は上記4人の他、小宰相君腹にも女の子がいたバージョン。
【蜻蛉】帖で薫と小宰相君は清い関係とかゆってたから、
それなら子供の1人くらい、いても間違いない。
このバージョンが「源氏物語」なのは、三宮×小宰相君姫が恋仲であるとともに、
近親関係でない前提が構築される点にある。
 
いずれにせよ、三宮を失った巣守皇后の悲しみは計り知れず、
まもなくして後を追うように死んでしまいます。
前帖で巣守皇后が生きる気力を持った好ましい人物と評した私でしたが、
全然、気のせいでした(爆)
このへんの釈明は今帖が長くなりすぎるのと、次の【雲雀子】が短いため、
そっちで書きたいと思います。ひばり君にも関係あるコトなので。
  
そして三宮と巣守皇后の死をトリガーとして、
薫、浮舟夫妻が再び出家にとり憑かれ、横川僧都を頼ります。
これが巻名【法師】。
何のために浮舟還俗させて結婚したんだよ(笑)、とツッコミたくもなりますが、
そこは二人の子供を設けたことで、浮舟還俗は意味があったと納得できます。
最後は夫婦揃って受戒し、この世から消えてしまう描写。
光源氏のときと酷似しすぎていて、逝ったのかと読み取りかねない記述ですが、
これって、当時の出家に対する観念というものが垣間見れる気がします。
薫が常々口にしていたように、現世の縁は前世からの因縁に因るとの考え方。
これは現代の私たちの思想とは馴染まないものです。
出家とは現世の柵を断ち切るさま、現世で親子だった関係をも消してしまうもの。
悲しみや苦しみを連鎖させないためにも、縁を断つのが出家であるならば、
これは真逆であるとの疑念が湧いてきます。
普通なら、この世で仲睦まじかった縁は来世でも、と願うのが本筋でしょう。
今度生まれ変わっても、桜咲く男塾の校庭で(なんか違)
言ってるコトは輪廻思想なのに、何故か「源氏物語」のいう出家の概念は、
仮初めの現世でなく極楽浄土での永劫の生を見据えている気がします。
釈迦の説く仏法とは、果てしなき転生を繰り返し、仏に近づくこと。
人間、ただの一生涯で悟りなど、開いてもらっても困るんですけどね。
好意的に解釈すれば、輪廻を巡るのは不完全な人間であり、
「源氏物語」は、その最終階梯で輪廻から脱却するお話なのでしょうか。
 
この後、薫は法師に導かれ、この世から掻き消えてしまいます。
思想哲学や文化の隆盛は、数百年の太平でしか生まれないとは申しますが、
唐新羅連合軍の侵攻に脅かされ、宗教間者が世相不安を煽る時代であれば、
このような文学観念も育まれなかっただろうな、とは思います。
これもまた、時代時代における命の価値かも知れません。
法師たる横川僧都が薫を求道者として敬意を表す部分があるとすれば、
内大臣という権力の絶頂期に世俗を捨て去る決断ができるところでしょうか。
次帖【雲雀子】冒頭では、内大臣が蒸発したから世の中乱れちゃった───
で始まっちゃうのですが。大いなる責任は何処いった?とツッコミたい。
  
  • 2020.09.15 Tuesday
  • 00:00

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