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反逆の騎士【短編】

鉄のメイド騎士団TQ20/女焔−おんなほむら−

 

TQ配達品=
TQ配達先=
2nd Quest=ミネルヴァ捜索依頼継続
 

女焔おんなほむら−(前編)

  
「無いよ、他を当たりな」
 
ルンプロ(※ルンペン・プロレタリアート=浮浪者階級)やっていて、
必ずしも民家に泊めてもらえるとは限らない。
むしろルンプロなど、被差別階級社会を形成している村落であれば、
口を利くのも避けられる傾向にある。
ミネルヴァは、けして身銭を持っていないわけでもないが、
本来の仕事である家章管理が、ほぼタダ働きなのに加えて、
手配が回っているかも知れない宿屋を利用し難い点と、宿賃前払いした時など、
眠っている間に、そっくり旅費を盗まれるなどしたため、結局、
善意で泊めてもらって、出発時に幾らか礼を包むスタイルにまとまった。
 
(ふう.. 教えてもらった邸※廃墟は、此処だな)
 
そんな日々を旅しているものだから、一宿一飯に与ることなど滅多にないわけで。
村人から教えられた、所有者不在で久しい外れの邸で一夜を明かす羽目になった。
傍らには、此処まで案内してくれた村娘のアンナとマーサがいる。
夕食仕度の水汲みがてらに御一緒してきたものだが、
廃墟邸の前にある井戸端で、おしゃべりの花を咲かせる。
 
「ごめんなさいね。近頃、夜盗被害が多くて、お父さんたちも他所から来る人に、
 警戒心が強いみたい。ミネルヴァが夜盗の愛人で偵察とか、どうかしてるわ」
  
アンナ談。
 
「夜盗?」
 
「と言っても、被害は家畜とか畑の野菜だけどね。
 宿を借りた旅人が、見回り状況なんかの情報を夜盗に教えてるって話だよ」
  
夜盗と自分を結び付けられた相関関係が不明すぎて、尋ね返したミネルヴァに、
マーサが村の年寄り連中の言い分を教えてくれる。
疑心暗鬼に次ぐ排外主義といったところか。二人も言うほど、本気にしていない。
  
「あの廃墟邸は、王都から追い出されてきた貴族様の持ち物だったのよ。
 私たちの世代は直接知らないんだけど、独りぼっちの女性領主様でね。
 この井戸だって、その方が自費で掘ったのを私たちにも開放してくれたの。
 それまで使っていた井戸と近いほうを利用できるから、便利になったわ」
  
アンナの語り口によれば、女領主様わりと良いひと。
それからまた、マーサが流れ暗転した経緯をまくしたてる。
  
「患いついた領主様が顔を見せなくなって、いつしか本当に誰もいなくなって。
 不思議なものね。村の守りびとがいなくなると、夜盗みたいなのが出てくるの」
  
井戸端会議のあいだも、ミネルヴァは井戸に釣瓶を落してはロープを手繰っている。
案内してくれた礼に、二人のぶんの水汲みを申し出たものだが、
自分の水を汲みあげようと釣瓶を落したときである。
カコーンという乾いた音がして、ミネルヴァは首を傾げる。
まさか、もう湧き水が枯渇したとでもいうのだろうか。
  
「違う、違う。きっと縁の石組みに当たっただけだわ。此処って、ほら、
 小高い丘でしょう?二段掘りになってるのよ」
  
アンナの指差すところを見れば、なるほど石囲いの内側に、
昇降に用いる凹みと出っ張りが見える。ミネルヴァはロープを少し持ち上げ、
真ん中付近を狙って、ふたたび釣瓶を落とす。
やがて二人は村へ帰っていく。帰り間際、マーサが振り返り、
言い忘れていた、とっておきの話を聞かせてくれる。
  
「廃墟邸は、まんま誰も住んでいないはずなんだけど、
 ごく偶に二階の明かりが点いているのを、村の人が見ているのよ。
 伝聞だし、大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
  
隣にいたアンナが、マーサの横腹を肘で小突いている。
ミネルヴァにしてみれば、聞かなくてもよかった類の情報だった。
 
 
日のあるうちに、邸内を散策するに限る。軋む重い玄関扉を開けると、
二階まで吹き抜けるホールになっていて、中央階段を上れば、
屋上テラスの向こうに私室が幾つかあるようだった。まずは1階部分。
おそらく、どちらかが使用人関係か客間、どっちかが食堂関係。
まず右手に移動して両開きの扉を開けたミネルヴァは、中に長テーブルと、
ずらり並んだ椅子の列。女主人ひとりきりと、使用人数名だったと聞くから、
物音ひとつしない食事風景が想像される。
 
(とすると、このリビングから連なる小扉の向こうがキッチンになるのだろうか。
 食べ物が残っていたとしても、見たくないな)
 
背負い鞄の中には、アンナたちからもらった焼き林檎がふたつ、入っている。
シナモンバターでとろとろの、甘い夕食に心惹かれながらも、
邸内の把握を優先しなければならない。
とりあえずは、今夜、身を預けるはずのベッド探し。
荷物となる鞄と、借り物の水袋2つをその場に残し、もう片方の部屋を訪ねる。
予想に反して、左側には寝具をそなえた広めの居住空間があり、
大人ふたり楽に横になれる、素人鑑定でも値の張るベッドが存在感を主張する。
さらに左奥に隣接して浴室が設けられていた。浴槽は1人分の小さなものである。
 
(えー女主人の部屋か、使用人のものか、よくわかんない造りだなぁ。
 お風呂場、こっちにあるなら、水袋を持ってくればよかった)
  
もちろん、埃をかぶった浴槽に水を移すわけではない。排水溝があるなら、
髪を洗ったり、身体を拭いたり出来るだろうとの思惑だった。
そして、次に目を引いたのは、ベッドの向こう側に掛けられている絵画である。
やや暗がりになっていて、近づいてみるまで、何が描かれているのか、
判然としない壁紙の一面に、受勲章などを収めた額縁と一緒に飾られている。
ミネルヴァが目の前まで進み出たとき、それが何であるかを理解した。
  
(絵の背景に描かれているのは、Flamme(焔)。
 女領主というのは、シュタイアー家に連なる縁者だろうか)
  
貴族が獲得した家章を、みずからの誉れとして絵画に残すのは一般的だった。
そして、彼女が興味を持ったのは、焔を背負って描かれている横顔の人物像。
眺めるうち、それが女性であると分かる。甲冑をまとい、凛とした佇まいで、
長い黒髪のひと房を噛み締めている、少し稀な構図だと感じる。
 
(何か、これ.. 怖っ)
  
いま目にしている家章が登録されている記憶はない。未承認意匠だろうか。
何処か怨念じみた強い感情が発せられているようで、じっと見ていられない。
ミネルヴァは、置いてきた水袋を取りに行こうと、よくわからない部屋を退室する。
吹き抜けテラスの下に出たとき、強い雨が建物を打ちつける激しい音に気づいた。
 
(やばい.. もう暗くなってる)
 
ずっと室内にいたせいで、おぼろげに視界は確保出来ているが、
早く食堂に戻って、背負い鞄の中にあるランタンを使ったほうがよい状況だった。
ところが───
 
「無い..!10往復以上、釣瓶を落とした(アンナとマーサのぶん含む)水袋が、
 消えている!ああっ.. 焼き林檎も見当たらないっ。
 1週間ぶりの洗髪がぁ.. 今日はじめての食事がぁ.. 」
  
明らかに、ネズミなど小動物の仕業ではなかった。人間、それも、
ミネルヴァが邸内に足を踏み入れたときから見張られている気がする。
極力、音を立てないように、迅速に食堂から飛び出したミネルヴァは、
ふたたび吹き抜けの玄関ホールへ。外の雨は、すでに唸りをあげている。
この期に及んで、野宿とか勘弁願いたい。
アンナたちは、邸が無人の廃墟だと言っていた。
となると、村人の許可を得ずに住みついている者があるという事。
 
(灯りを避ける習慣、生活臭のない邸内環境、
 どうも、良くない人たちが巣食っている感じがする。夜盗?)
 
継続して村を襲うなら、拠点が必要。彼女の疑念は信憑性がある。
ミネルヴァは細工道具から小刀やハサミを取り出し、両手に構え臨戦態勢。
足は自然と、中央階段を上っていた。
  
(部屋数は1つ、2つ、3つ。何処からも灯りは漏れてなさそう)
  
通路側に窓がなく吹き抜けテラス)、思いのほか暗いが、何とか歩けそう。
手前の部屋から聞き耳をたて、室内に誰もいないのを確認してから、
少しだけドアを開けて目を凝らす。カーテンが引かれているため、視界が利かない。
とりあえず中へ入り、窓から明かりを取り込んで、
武器になるような物を家探ししたほうがよさげ。
カーテンを開けると、雨音がひと際、大きくなる。ただ、その騒音に混じって、
微かに人の気配が聞こえてくるのである。
 
(階下から、反響する話し声.. それとは別に、階段をあがってくる足音が.. )
  
夜盗ばりの聞き耳スキルは持ち合わせていないため、
細工道具の穿孔金属棒を耳に添えて、尖端部分を床に当てれば、
熟練の泥棒さんレベルにブースト可能。細工師は細工師のやり方で戦える。
だが、本職だったら犯さなかっただろう、みずからのミスに気がつき、狼狽する。
 
(やばっ.. 部屋のドアを半開きにしたままだっ!)
  
廃墟邸の一室に閉じ込められる可能性も考慮して、
ある意味、当然の措置だったかも知れないが、慌てて対処しようと、
ドアノブに手を掛けたところで、ランタンを翳す男たち(2人?)に見つかった。
ミネルヴァの側からは、ランタン灯火のせいで彼らの顔は分からない。
  
「ほらっ!やっぱり、2階に潜んでやがった。やっちまえ!」
 
「うわあああーっ!」
  
表情は分からないが、ギラつく刃物が灯火を反射している。
ミネルヴァは後すざりしつつ、室内に追いやられる恰好で逃げまどう。
その際、邪魔になった布張り椅子を飛び越えると、着地に荷重がかかり過ぎたのか、
床板を思いっきり突き破って、階下まで落下してしまう。正確には、
中二階の狭い空間があったため、板2枚を続けざまに破壊したことになる。
  
「痛たた.. ふおぉーっ!何処だ?此処」
  
幸い、ハンデを追うような怪我はないものの、落ちた先は先程までの2階よりも、
ランタン灯火1つ分だけ明るい状況で、尻餅をついている下半身から、
じわりと水に濡れてくるのが感触で分かる。
そして、薄ぼんやりと、自分の目の前に誰かがいる。確実に、いる。
 
「えっ、女性───おっ、女盗賊?」
  
「きっ、きゃああーっ!」
  
本当に薄ぼんやりとだが、上半身を肩脱ぎになった女性らしき肢体が、
風呂場で身体を拭いている状況を理解した。
 
「ごめんっ、いやっ、私も女ですっ!じゃなくてっ」
  
目元に水袋の水をぶちまけられ、一瞬、怯んだものの、すぐさま反撃に転じる。
 
「つか夜盗の女頭目なら、こっちだって容赦しないよ!」
  
大怪我させない程度に、自前の小刀で制圧を試みるミネルヴァだったが、
何というか、相手が一枚も二枚も上手だった。
 
 ゼクステット・インプルス!(6連突き)
  
部屋で拾ったらしい介護杖の連続突きで、あえなく小刀が飛ばされ、
身をかわさなければ、危うく四肢関節を砕かれるところだった。
 
(ぎゃああーっ!思いのほか強敵だった)
  
前言撤回、一目散に逃げ出したミネルヴァは浴室から寝室へとやって来る。
どうやら此処は、「女焔」の絵が掛かっている大部屋のようだ。
ランタンを奪ってきたため、浴室の女性は滅多やたらに追ってこれない模様。
とゆうか、目が慣れるに従い、ベッドで大の字に誰かが寝ているらしい。
 
「んー、らりぃ?"きゃあー"らって。乙女みたいら声らすンりゃれーよ」
  
此処にも、女一味を発見。欠伸かましながら起き上がってくる。
完全に覚醒する前に部屋を後にするミネルヴァ。
ところが、吹き抜け通路に出た途端、二階から追って来た二人の男たちが、
ランタン灯火をこちらに向けているのに出くわす。
 
(やべっ、こっちも塞がれたっ!)
  
行き場を失うように、ミネルヴァは浴室手前の寝室へ入り直し、
続き部屋になっている、浴室側の、もう1つの部屋へと飛び込む。
扉を閉め、中に置かれていた机やら椅子やらで出来る限り封鎖したあと、
室内をランタンで照らしてみる。
脱出口、もしくは圧倒的な攻撃力を誇る武器があれば幸せ。
 
(そう、上手くいかないよね)
 
部屋は掃除道具やらが乱雑に置かれた支度部屋のようなところで、
言うなれば、此処が使用人私室だろうか。わりと広い空間ではあったが、
身に迫る危機を脱するには、カードが足りない。ふと、
片隅にある跳ね上げ式床蓋らしきものを、ランタンが浮かびあがらせていた。
 
(床下倉庫?せめて、ワインセラーみたいな空間があれば、或いは)
  
一縷の望みを繋いで、床蓋を持ち上げてみると、中は意外と広い気がする。
奥まで灯りは届かないものの、ひんやりした空気が奥行きの深さを伝えてくる。
 
(相手は夜盗男2人に、女一味が2人。しかも、片ほう鬼強)
 
迷っている暇は無かった。封鎖した扉の外では男たちが怒声とともに、
今にも破壊せんばかりの打撃を加えてくる。破られるのは時間の問題だった。
ミネルヴァは床下に滑り込むと、上蓋を落して、
蝶番のある隙間へ細工道具の鏨(たがね)を打ち込む。
こうしておけば、上蓋を破らない限り、出入り口が開かない形になる。
簡単に破壊されないよう、下からも、周囲にあった木箱を積み上げて、
此処もバリケードのように封鎖しておく。
しばらくすると、部屋に男たちが侵入してきた様子で、
頭上をガタガタと足音が行き交う。そのうち床下倉庫の上蓋を見つけたものか、
開けようと試みて、やがて悪態へと変わっていった。
  
「とりあえず、御飯も食べてないから、いま応戦するの、無理」
  
体力回復に専念するため、何も考えずに横たわっているミネルヴァだったが、
天井床で何かしら、重いものを引き摺る不快な物音が響くにつれ、
表情が青ざめていく。
 
(ひょっとして、逆バリケードされてるっ?)
 
食事を御無沙汰すると、頭に栄養が足りなくなって、こうゆう羽目になる。
しかしながら、それが奏功する場合もある。力が有り余っていれば、
無駄に足掻くところもあろうが、どうせ頭の上は板張りなのだから、
道具さえあれば一枚ずつ剥がすのも容易かろう。
そのまま、気を失うように眠りこけていく。寝入りばな、上のほうで、
争いあうような喧騒と足音がやかましく聞こえてくるのだが、
そんな耳障りでさえ、どうでもよくなってきて、睡眠欲が勝る。
  
 
どれくらい眠りに落ちていたのだろう。倉庫での目覚めは時間の感覚を狂わせる。
板目から木漏れる光のために、まったくの盲目状態ではないが、
手持ち道具でランタンに火を入れると、そこで初めて、倉庫内の状況を知る。
 
(うげえっ.. 勘弁してよ、もう)
  
此処もまた、簡単な道具置場になっていて、それらを保管する木箱が幾つもある。
昨晩、跳ね蓋の封鎖に使った木箱をどかせて、力を加えてみるも、微動だにしない。
依然として上階のほうから閉じ込められているのだろう。
灯りを取って始めに、ミネルヴァが嘆息したのは、一晩中、傍らにあったはずの、
死蝋化した遺体を見たからである。死亡推定時刻、ほぼ数年前。
 
(この御遺体、片足がない)
  
夜盗たちが仕事を終えた副産物を遺棄したのかと思いきや、この一体限りである。
昨晩のうちに気づいていれば、もう少し精神力を削られていたかも知れないが、
済んだ話は、どうだっていい気分だった。
ミネルヴァは、遺体の傍にある一冊の本を手に取る。
ページをめくると、色褪せた元の写本の文章を上書きする形で、
死に際の言葉が遺されていた。遺体は、女領主のものだった。
 
 シュタイアー家の家長として遠征騎士団に従軍
 しかし、片足を失って王都帰還してみれば
 後継は叔父一族に簒奪され、私は療養のためと嘯かれ、この地に追いやられた
 所詮は戦地に赴くのが嫌で、祭りあげられた家長に過ぎなかったのだ
 
(なるほど、だから寝室が2階でなく、階下にあったのか)
 
 王都へ還りたい
 もはや継嗣を残すことも叶わないが、叔父上だけは許せない
 先代の父にも申し訳が立たぬ。許せない、許せない
  
(そういった怨嗟のもとで描かせたのが、家章"女焔おんなほむら"か)
  
 幼少の砌より世話をしてくれた、乳母やとの生活は満足している
 出来ることならば、彼女と、彼女の家族にも満足のいく生活を保障したい
 
(乳母や?使用人と二人きりの暮らしだったのか。その乳母やは、何処に)
  
 夜盗の侵入を許した
 女ふたり、無用心な所帯だと知れたのが災いしたのだろう
 前の晩に、旅人を泊めたのが手引きとなったに違いない
 愚かだった。私が、本当に愚かだった
 
 傷痍の身で乳母やを守るのは不可能に等しい
 それどころか、彼女の部屋に立て籠もったとき
 私ひとりを地下通路に落とし、みずからは居残って
 出入り口の跳ね蓋を家具類で隠す役目を果たしたのだろう
 頭上から漏れてくる、彼女に悲痛な叫びが耳に残る
 何故、私は彼女と抱き合いながら、最期のときを迎えなかったのだろう
 私ひとり生き長らえても、この足で地上へ出ることは叶わぬものを
  
ミネルヴァは、女領主の傍らに本を返す
この文章を読む資格があるのは、此処に辿り着いた者だけであると、
彼女に思わせたのは、最後の一文に心打たれたからに他ならない。
  
 私は恩ある乳母やを守れなかった
 私に騎士を名乗る資格など無い
 私は騎士号を放棄する
 もっと早くに思い知っていれば、王都を追われることもなかっただろう
 愛する者を失うこともなかっただろう
 切に、許しを請う
 
代わりに、生前まで握っていただろう、ひと振りの剣を手に立ち上がる。
女領主の手記に地下通路とあったように、
昨晩は暗がりで気づかなかった奥へと歩いていけば、
やがて陽光の射す開けた空間に出る。
 
(ああ、やっぱり.. 浴室へ水を運ぶのに、此処を使ったわけだ)
 
そこは二段掘りした井戸の中間地点だった。
下には地下水を湛えた二段目の井戸が、石詰みの壁面を登っていけば、
一段目の地上へと出られるだろう。
女領主の剣を背に、井戸を駆け上がるミネルヴァ。
少なくとも、彼女の無念を知ったからには、夜盗たちを捨て置くわけにいかない。
しかしながら、逃亡女子である身の上で、官憲に駆け込むコトもできない。
 
(出来る限り、頑張ろう。ダメそうなら、逃げよう)
 
 
そんな二段構えの決意で舞い戻ってきた、廃墟邸の乳母や私室第一階層。
そこはもう、もぬけの殻で、そこそこ新鮮な血飛沫が壁や床にこびりついている。
少なくとも、昨夜の男女二人ずつは何処へ行ったのか。
浴室、食堂、二階各部屋を順繰り回ってみるが、何処にも見つからない。
 
(どうしようもないな。やっぱり、逃げよう)
  
逃亡女子の身の上では、他にやりようも無い。
ただ、もう一度、シュタイアー女領主の部屋に立ち寄り、
あの"女焔おんなほむら"を前に騎士の礼をとる。
不思議と昨晩みたような怨念の情を感じなかった。
むしろ唇に噛んだ女の髪が、愛しげに映るような、そんな気がしてならなかった。
   
  • 2020.08.15 Saturday
  • 00:00

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