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読書感想文SP

50「源氏物語宇治十帖【早蕨】」

 

読書感想文050
紫式部/源氏物語宇治十帖の四【早蕨】
 
★超速あらすじ★
大姫亡き後、速攻おなご補充の帖
匂宮「最初に決めたとおり、中姫は俺がもらう」
夕霧「薫には、うちの娘など如何か?」
 薫  「くっそぅ.. あの晩、中姫を押し倒していれば!」
 

 :この春は 誰にか見せむ亡きひとの 形見に摘める 峰の早蕨

  相変わらず後ろ向きな歌でありますが、このくらい仕方ないか。

   

中姫の京都復帰が決まり、段取りを話し合う薫と匂宮の会話がスリリング。

文中では二人の仲の良さと冗談を強調されているが、

亡き大姫の願いは自分(薫)と中姫の成就だったとか、言わなくていいよね。
そのくせ二人で朝までおしゃべりしたのは内緒とか、節度の基準が分かり難い。

登場人物の性格や深謀遠慮などお構いなしに、読者に分かり易く、
状況をアテレコしたという具合だろうか。
先の「総角」でも読解に苦慮した箇所があった。
姉姫が妹姫を身代わりに空蝉の術を用いたとき、
妹が自分より「劣る」と表現した場面で、古語と現代語で意味合いが違うのかと、
かなり悩みました。劣るって、器量なのか、乳の話か、
薫が寄せる思いの丈なのかファンタジーが止まりません。
『源氏物語』には総じて、似通った表現の謎が散見できます。
やっぱり私としては、アテレコ説かなぁ。
かな文字を読める消費者層の問題であれば平安時代の話になるが、
読者は平安時代と、現代訳の近現代を対象とした2段投法で考えなきゃだから、
ちょいと読書感想文で云々する内容じゃない気がします。
 
「椎本」帖からの流れだと思うのですが、宇治山荘の女房たちは薫推しですよね。
始め薫×大姫、その後に薫×中姫。『源氏物語』に限らず、
閨に忍んでくる殿方を手引するくだりは、王朝文学の定型文ですが、
これってやはり、女房さんたちのリクルートみたいなものでしょうか。
相手の財力によっては、輿入れについて行ったり、暇をだされる場合もある。
単発攻勢の匂宮に比べて、薫にしてみれば八宮様存命の頃より、
援助やら土産物やら、記述だけでも凄まじかったですからね。
姫を落とすのに周囲の心を掴むのは常套手段というのがよく分かります。
ちょいと大姫が難攻不落過ぎただけで。
スレッガー中尉やロイ・フォッカーなみに攻略手段がない(※スルー推奨)。
ふと思ったのだが、此処までの薫の性格というか男性像からして、
好ましいと思う現代女性っているのでしょうかね?財力と体臭以外で。
どうも男性特有の肉体的成長に精神的成長が追いついていないとゆーか、
光源氏のように最初から姉妹丼志向でいけば、匂宮と分け合うこともなく、
「ごちそうさん」で終わったはずである。
正直な話、薫の男性像としては『源氏物語』を終わらせるための役回りだろう。
これについては今帖で語るものでもないので、ひとまず置いておく。
  
 人はみな いそぎたつめる 袖の浦に 1人藻塩を 垂るる海人かな
  
二条ハーレムに赴く前の中姫に、弁尼が歌ったものである。
自分の境遇が悲しい、より他に意味もないのですが、ふと藻塩に神が降りた。
少なくとも、私が学生時代のとき藻塩についての解釈が曖昧でした。
塩を得るための海草という意味が揺るぎない反面、
山家暮らしの弁尼や中姫が藻塩を掛け合う解釈の問題です。
別の歌で、衣手が露に濡れたり(※ひょっとして雪が降るのも?)するのは、
涙を拭くという悲しみの表現であるが、同時に藻塩の場合も、
涙で濡れた「裳(も)」が、しょっぱくなるほどに悲しい意味ではなかろうか。
裳で涙を拭くとは格調的にどうかと思うので、涙の溜まった廊下を、
引き摺っている裳が吸い上げて、しょっぱくなったと読み解くのはどうだろう。
古文の授業で、そんな解釈を教えた教諭はいない(だろうな)。
何処かで、レポート書いてる人がいるかもだが、ちょいと出任せ気味に、
閃いたものを書いてしまいました、ごめんあそばせ。
まあ袖の浦(裏)に、とあるから、裳である必要はないと思う。
さらに余談ですが、藻塩を焼いて得た塩化カリウムは欧州の古代、中世だと、
調味料でなく石鹸の材料なのですね。
これはちょっと、日本の古代史においても調べ直す必要がある。
 
ときに大姫退場後、おなご新たに補充されてきまする。
仕掛け人は2代目主人公の夕霧。娘である六君を成人させたついでに、
薫と結婚させようと押し付けてくる。
元はといえば、匂宮の結婚相手としてまとめていた(夕霧の都合上)ところが、
宇治から中姫を連れて来たものだから、当てつけ要素が香ばしい
そして薫当人からも、中姫が心残りな状況から固辞されてしまう。
何となく昭和の連続ドラマを思い浮かべませんか?
『源氏物語』全体を通して、昭和ドラマの元ネタっぽいのが多くあるので、
そうゆうのを注視してみるのも面白いと思います。
ついでに書いておくと、六君って、いい娘ですよ。
父親の夕霧は光源氏の野獣性を受け継いでる部分があり、豪腕が目につくけど、
娘は容姿端麗で教養豊か、火中の栗を拾う配役の割りに嫉妬に狂う描写がない。
気になるのは薫×六君の戸籍謄本で、薫の父親を光源氏とした場合、
光源氏−夕霧−六君という、まさかの親族3親等マジか。
競馬育成シミュレーションでも、配合表が真っ赤っか過ぎて実行不可レベル。
実際には薫の父親が柏木という前提なので、ミトコンドリア含めて掠りもしない。
柏木の父親が頭中将で、光源氏と頭中将は義兄弟であるが血の繋がりがない。
あと面白いのは六君の母親を男子系統で追うと、
光源氏の従者である藤原惟光−藤典侍−六君となる。
研究室のシャーレの中で配合を繰り返しているようなミニチュア感が背徳的だ。
ドラマ脚本なら、六君の立ち位置は視聴者からヘイト集中砲火を受けがちなので、
ちょいと擁護コメつけました。
ただ薫も匂宮も、六君放ったらかしで中姫を追っ掛けるのは、
非の打ちどころがない美人より、隙のある女性に魅力を感じるのかなと思います。
京都生まれ京都育ちな都会派でなく、田舎でとれた純朴娘───
こんな表現が適当か分かりませんが、少なくとも中姫には、
父宮と姉姫を亡くして間もない、精神的な脆さがありました。
そういう女性に群がってくる薫&匂宮の男性像って、どうなのでしょうかね。
これもまた、『源氏物語』全体に関わってくる問題なので、結論先送りです。
  • 2020.07.07 Tuesday
  • 00:00

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