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短編【小説】

屋根裏レストランを訪ねて01

JUGEMテーマ:自作小説      

ドイツ占領下にあったパリのクリスマス

ある目的のために夫婦は屋根裏レストランを訪れた
  

屋根裏レストランを訪ねて01

  
1943年、冬。パリはドイツ軍占領下に置かれ、
4度目のクリスマスを迎えようとしていた。
エトワール広場からクレベー通りを南に、夜の静寂が連なる。
ポールとマリー、寒風に軋む安宿を出た二人は、
予約したレストランへと歩き始めていた。
清らかな聖夜の鐘の音を、その背に聴き、
アイビーの絡むアパルトマンまでやってきた彼らは、いま、
忘れ去られて久しい、アールヌーヴォーの格子窓を見上げている。
そこは、青春時代を過ごした思い出の場所。
学生時分に何度もくぐったアーチの上には、いつしか、
"屋根裏レストラン"の木板が掛かっている。
  
「さあ、最後の食事を楽しもう。」
   
ポールは妻を促すと、寄り添いながら、アパルトマンに消えていく。
建物の中は、思いのほか暖かだった。
幼い給仕係に名前を告げると、
たったひとつしかないテーブルに通される。
白いクロスが掛けられた長方形のテーブルには、
行き場のない六つの椅子が、そのままに並べられていた。
  
「クリスマスイヴにまで営業してくれていて、助かったよ。」
  
ふたつの椅子の並ぶテーブルに、向かい合って席につく。
二人の間には、クリスマスローズの白い花が、
ギマールの花瓶に挿されていた。
  
「真冬なのに、こんなに美しく咲く花もあるのね。」
  
この日、初めて笑顔をのぞかせたマリー。
その言葉に、何ら関心を示すことなく、料理の内容を伝える。
  
 
  フォアグラとレーズントースト
    〜あれは、強制飼育にも似ていた〜
  
  
フォアグラとは、ガヴァージュによって強制的に食物を与え続け、
肥大させたガチョウの肝臓。世界三大珍味のひとつに数えられ、
クリスマスには欠かせないオードブルである。
  
「食前酒に、ソーテルヌ(貴腐葡萄種)を用意してあります。」
  
幼い給仕係の申し出を、ポールは丁重に断った。
幾らか、妻のほうにも目を配る。
   
「今夜は、あまり酔いたくないんだ。」
  
ふと、彼女の背後の壁が、ポールの目を引く。
昔のままの、手入れが行き届いていない灰色した壁には、
乱雑な絵の具の跡が残っている。
彼は懐古の眼差しで、燭台に照る若き日の追憶を辿り始めた。
 
1930年、夏。13年前のことである。
合衆国より発生した経済恐慌は、いまや欧州全土にまで波及。
世界の中心だった欧州国際決済機構の大混乱をも招こうとしていた。
しかしそれは、暗黒の渦の到来に人々が不安を募らせる一方で、
社会を支える側に転進する若者たちが、夢と希望を胸に、
自分たちの未来のために躍動を始めた時代でもある。
花の都、パリ。古今東西の若者たちを一世風靡した絢爛の都、パリ。
かつてそこは、誰もが憧れを抱いた、世界の都だった。
ときに、ポール18歳。
彼もまた故郷をあとに、パリの地を踏んだ者の1人。
ポケットのコインは残りわずか。
小さな手鞄ひとつで冒険に出た彼を襲う最初の苦境は、
木っ端微塵に砕け散ってしまいそうなほど、辛いものだった。
パリには、どの通りも若者であふれている。
終末にカフェーを愉しむアベックもいれば、
パリ大学に通う異国人もいる。
だが、そのほとんどは、ねぐら探しにも難儀している同胞に違いない。
そう彼は思う。
料理人を志すジョルジュ。彼が、ポールの最初に手に入れた同胞。
二人はアルバイト仲間に教わった秘策を試そうと、
手当たり次第に声をかけていく。
   
「ポール。あと1人は仲間がいないと、苦しいんじゃないか?」
 
「ああ。でも、少しずつお金を出しあって部屋を借りるってのは、
 良いアイデアだろう?」
   
そして、3人目の仲間。彼はモンマルトルの丘に吊りズボン、
棒タイ、ベレー帽を身に着け、煙草をふかしていた絵描き志望の少年。
3人の中で最も背が低く、華奢な少年。彼の名は…、
 
「マ、マリーベル?お、女かぁ?」
 
目深にかぶったベレー帽を取ると、肩まであるかないかの、
それでいてひどく透き通った髪が揺れる。
そう、1900年代前半は、パリの女性が光り輝いた時代。
先の大戦(第1次世界大戦)でパリの男たちが戦場に向かい、
俄かに、女性の解放が囁かれ始めた。限りなく細い腰のシルエット、
大きく膨らんだフープスカートに両足を包む女性は、
もはやパリには数える程しかいない。
  
「いいのかよ、おい。」
  
二人の心配をよそに、マリーベルという名の少年は、
その年頃の若者が持つ、天性の輝きでこう答えるのだ。
  
「だって、ボクのことを仲間と呼んだのは、君たちじゃないか!」
  
   
そうして、彼らはお金を出しあい、共同で小さな部屋を借りた。
アパルトマンと呼べば聞こえはいいが、詰まるところ、
物置同然の屋根裏部屋だった。
  
「部屋に入るときは建物内のやつじゃなく、
 外にある非常階段を使っておくれよ。」
  
家主の中年女は、三人を埃まみれの部屋まで案内するや、
さっさと自分の住処へ帰ってしまう。
  
「ちぇ…、下の階の連中とは、えらく態度が違うじゃないか。」
  
マリーベルが難じる。
  
「非常階段なんて、板を踏み抜きそうだぜ?」
 
ジョルジュも調子を合わせ、
少ない荷物を破れかけのソファーに投げ出すと、
たちまち部屋の中に、塵埃が立ちこめる。
  
「でも、眺めだけはいいよ。ほら、パリ全体が見渡せる。」
  
ポールの呟きに、二人は顔を見合わせる。
思えば昨日まで、狭い路地裏で夜を明かしたことのある彼らなら、
雨露をしのげる場所を得た安堵感からでた贅沢なセリフだと、
今更ながらに思うのだ。
今なら、笑みさえも浮かべられる。
  
「さあ、ここから僕たちの夢が始まるんだ!」
  
簡単な間仕切りの部屋割りを終えると、
マリーとジョルジュのどちらともなく、そんな決意を口にする。
ただ、そのときポールだけは、
虚ろにパリの風景を眺め続けるのだった。
  
  • 2018.10.06 Saturday
  • 00:00

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